広セキ

津和野駅に着くと、まだ列車はホームに停車していて、客車の転線、給水が始まるところでした。
C57に見とれて引き上げていく列車を見送っていますと、丁度枯れ鉄の前に最後尾の客車が止まりました。
その、客車の所属記号が広セキ。
かつて、京都発下関行の鈍行列車につながれていた、広セキ、中セキの客車。
まだ、世界が狭かった少年時代に、広セキや中セキの客車は遥か遠くからやってきて、また帰って行く夢の客車でした。
それを見たときの感動が、津和野でよみがえるとは。
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感動の広セキ
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転車台で方向転換と思いきや
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横向いて給水場に進みます。
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駅前に保存されているD51194。
1939-3月:大宮工場製番8 田端区、国府津区、白河区、原ノ町区、広島区、小郡区、山口線管理所、1973-11月:廃車
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津和野といえば、やはり鯉ですね。38年ぶりの津和野。ちょっとだけ街中を歩いてきました。
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COMMENT 6

青列車  2014, 09. 26 [Fri] 02:45

このレトロ客車(正確には12系700番台ですが)の所属表記は少なくとも2回変わりました。最初は広コリ、次いで広クチ、そして広セキ。塒自体は当時も今も同じく新山口(当時は小郡)駅脇の基地ですが、組織変更で名前が変わりました。
広コリ…国鉄時代から続く広島鉄道管理局小郡客貨車区
広クチ…JR西日本広島支社新山口鉄道部
広セキ…JR西日本広島支社下関車両所新山口支所
かつては山陽路を行き交うD52の基地として、今は界隈の非電化区間を走るキハ40系の一大基地として機能しています。
因みに…広ヒロも今は広セキの支所扱いです(^^);

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佐倉  2014, 09. 26 [Fri] 19:08

 追っかけて客車の入れ替えに間に合うんですね。(°0°)
 津和野はC571が復活する前に訪問したことがありました。また行ってみたいところです。

 広セキは広島と下関だと見当が付きましたが、正確な名称は青列車様の解説で良く分かりました。
 中セキというのは??

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tamura  2014, 09. 27 [Sat] 19:15

昔は列車の表示などを見て、行ったことのないところへ思いを馳せていましたね。
私は上野駅で青森行きとか新潟行きとかの表示を見るのが好きで出かけたものです。
客車の表記はあまり注意していませんでしたが、お馴染みだったのは沿線を通る千キウ(錦糸町客貨車区)でしたが、錦糸町なのに何で千葉なんだと不思議に思っていました。(笑)

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枯れ鉄  2014, 09. 27 [Sat] 22:41

佐倉様

乗ってきた人が記念撮影したりするので、駅停車の時間が長く取ってあるのでしょう。

中セキは、中国支社、下関だと思います。

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枯れ鉄  2014, 09. 28 [Sun] 22:40

青列車様

この客車の所属は、色々変わっているのですね。
でも、枯れ鉄には広セキが最もしっくりきます(笑)
しかし、集中管理は合理的かもしれませんが、見る方は面白くないですね。

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枯れ鉄  2014, 09. 28 [Sun] 22:46

tamura様

ホーローのサボそのものに、哀愁があり、遠くの地名をみると、乗りたいなぁとか、これに乗って行けば、○○に会えるなどと、夢が見られました。
そういう話だと、大阪市内で大鉄局と天鉄局の境目はどこだったのかなと考えてしまいます。環状線で天王寺だけが天鉄局管内だったかな(笑)

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