EF65508(?)日本海

昨日のC575+C5739の汽車ポッポの旅の前走です。
こういう写真があるということは、昨日の汽車ポッポと白鷺号は同じダイヤ筋で走っていたのでは(^^!
前日の写真もですが、この日は今にも雨がふりそうな天候で、条件は最悪。
機番もハッキリ読めないので(?)をつけました(^^ゞ

1001nihonkai_01

昨日、今日の写真は梅小路操車場と向日町操車場を結ぶ連絡線が、東海道本線をオーバークロスする土手の上からの撮影なのです。
その連絡線がオーバークロスするすこし向日町操車場よりを行く、C5789です。
よくこんな場所での撮影が許されたものだと、関心します。
1001C5789_01
尚、この写真はネガに銀鏡化反応がおこり見るに耐えない状態になったものをPSで修正したものです。
京都の吉岡映像さんに修復を依頼しましたが、かないませんでした。
別途紹介された、大森にあるリボテック大森研究所だと修復できるそうですが、35mm版6コマスリーブが6万円弱とのことで、諦めました。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

COMMENT 8

吾郎  2011, 10. 01 [Sat] 13:48

ロクゴPの日本海

こんにちは。

ロクゴの500番台が日本海を牽いたのは1968年から1972年までのわずか4年間、
下関のカマが担当していました。
これはとても貴重な一枚ですね。
貫通扉師匠にとっては貫通扉のないロクゴはイマイチ君かも知れませんが
晩年高崎線や東北線で走っている姿を狂ったように追っかけていた身としては
これは垂涎ものです。

ポチ☆

Edit | Reply | 

佐倉  2011, 10. 01 [Sat] 14:28

 ネガフィルムが鏡のようになる現象は私のものも一部出ていますが,それ程酷くはなく,PSで修正可能でした。
 ヴィネガーシンドロームとかの話を聞くと,さっさとスキャンしないとマズイと思いながらも,なかなか進みませんね。(^^ゞ
 コダクロームはもう大分前からカビで相当やられていて,PSで修正しても目立ちますね。
 こうした貴重な写真はお金には換えられませんが,それにしても1駒1万円弱とは...

Edit | Reply | 

青列車  2011, 10. 01 [Sat] 14:53

お写真を拝見するにこのEF65-500、スカートの形状からして初期ロットなのは間違いのないところですね。ただ、吾郎さんの言われる下関のカマとなると?501~504のいずれかとなります。
(EF65-500の台車検査は下関で集中して実施していた関係で検査機代替用として4両が配置された由。一方東京区ではEF58の台車検査を受け持ったので浜松区のカマが台検に入ると東京区のカマが肩代わりし、時には1101・1102レ=急行桜島・高千穂=に東京区のカマが就いたこともあったそうです)

当時は東海道・山陽筋にも長距離優等客レが多数あり、EF65もEF58も文字通り東奔西走していました。蒸機と違いロングランが容易な電機はそれこそ蒸機時代には想像出来ない走行距離を走破していますね。
(D51214が生涯で222万キロ、EF5814が450万キロ、EF6650だと800万キロ超)

因みに、新幹線0系の第一世代は約600万キロ走ったそうですがその距離を走るに要した時間は12年程です。

そして300系以降の車種では東京~博多間1069.1(実)キロを何と1往復半が可能です。約2ヶ月で一般家庭の自家用自動車の10年分の走行距離をたたき出し、1年で約70万キロ、15年現役でいると想定すると1000万キロ以上走る計算になりますね(仕業検査・交般検査・台車検査そして全般検査で休む期間を概算で加味しました)。

C5789に口づけ(!)されているスハフ42はどうやらSG仕様車ですね。すると日本海側への運用には就かないクルマでしょうか?

Edit | Reply | 

tamura  2011, 10. 01 [Sat] 15:39

ネガが鏡?

いやぁ、これは存じませんでした。そういうこともあるんですね。
この写真の場合はモノクロですし、一番複雑な機関車部分のダメージは
少なそうですのでので、PSでやろうと思えばできなくはないですが、
かなりの根気と時間が要ると思います。

昔はこういう所でも大目に見てもらえたということでしょうね。
撮る方もそれなりに心得ていて、無理はしても無茶はしなかった。
例えば関係者が見つけたとしても、「気を付けろよ」で済んでいたと思います。
そういう時代だったと思います。

Edit | Reply | 

枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 22:39

Re: ロクゴPの日本海

> こんにちは。
お元気そうで(^^)
>
> ロクゴの500番台が日本海を牽いたのは1968年から1972年までのわずか4年間、
> 下関のカマが担当していました。
そんなに短かったんですか(@@)

> これはとても貴重な一枚ですね。
ありがとうございます。

> 貫通扉師匠にとっては貫通扉のないロクゴはイマイチ君かも知れませんが
> 晩年高崎線や東北線で走っている姿を狂ったように追っかけていた身としては
> これは垂涎ものです。
いえいえ、ロクゴ500番台は別格です。
>
> ポチ☆
ありがとうございます。

Edit | Reply | 

枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 22:50

佐倉様

>  ネガフィルムが鏡のようになる現象は私のものも一部出ていますが,それ程酷くはなく,PSで修正可能でした。
枯れ鉄は、ネガシート1本丸まる36枚と35mm版6コマスリーブ1本がだめです。
向日町のC57がいかれてしまって、辛いです。もう一本もC61が写っていて(涙)

>  ヴィネガーシンドロームとかの話を聞くと,さっさとスキャンしないとマズイと思いながらも,なかなか進みませんね。(^^ゞ
ビネガーシンドロームは吉岡映像で修復できるようなのですが。

>  コダクロームはもう大分前からカビで相当やられていて,PSで修正しても目立ちますね。
>  こうした貴重な写真はお金には換えられませんが,それにしても1駒1万円弱とは...
吉岡映像の社長の話では、廣田尚敬の写真もやられているそうです。

Edit | Reply | 

枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 22:57

青列車様

> お写真を拝見するにこのEF65-500、スカートの形状からして初期ロットなのは間違いのないところですね。ただ、吾郎さんの言われる下関のカマとなると?501~504のいずれかとなります。
501~504とすれば503でしょうね。

> (EF65-500の台車検査は下関で集中して実施していた関係で検査機代替用として4両が配置された由。一方東京区ではEF58の台車検査を受け持ったので浜松区のカマが台検に入ると東京区のカマが肩代わりし、時には1101・1102レ=急行桜島・高千穂=に東京区のカマが就いたこともあったそうです)
色々と教えられますわ(笑)
>
> 当時は東海道・山陽筋にも長距離優等客レが多数あり、EF65もEF58も文字通り東奔西走していました。蒸機と違いロングランが容易な電機はそれこそ蒸機時代には想像出来ない走行距離を走破していますね。
> (D51214が生涯で222万キロ、EF5814が450万キロ、EF6650だと800万キロ超)
凄い距離ですね。蒸機に比べて、早く消えていくのは仕方ないことですね。
>
> 因みに、新幹線0系の第一世代は約600万キロ走ったそうですがその距離を走るに要した時間は12年程です。
>
> そして300系以降の車種では東京~博多間1069.1(実)キロを何と1往復半が可能です。約2ヶ月で一般家庭の自家用自動車の10年分の走行距離をたたき出し、1年で約70万キロ、15年現役でいると想定すると1000万キロ以上走る計算になりますね(仕業検査・交般検査・台車検査そして全般検査で休む期間を概算で加味しました)。
もう300系すら、主力をはずれて風前の灯になってしまいました。

> C5789に口づけ(!)されているスハフ42はどうやらSG仕様車ですね。すると日本海側への運用には就かないクルマでしょうか?
はい、京都-園部だけに使われていました。

Edit | Reply | 

枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 23:03

tamura様

> いやぁ、これは存じませんでした。そういうこともあるんですね。
> この写真の場合はモノクロですし、一番複雑な機関車部分のダメージは
> 少なそうですのでので、PSでやろうと思えばできなくはないですが、
> かなりの根気と時間が要ると思います。
これは、機関車部分が問題なかったのですが、他のは全体に広がっているので、PSでの修復も厳しいです(汗)

>
> 昔はこういう所でも大目に見てもらえたということでしょうね。
> 撮る方もそれなりに心得ていて、無理はしても無茶はしなかった。
> 例えば関係者が見つけたとしても、「気を付けろよ」で済んでいたと思います。
> そういう時代だったと思います。
人の数も少なかったし、それなりに節度もあったし、大目に見てもらえた時代ですね。
危機管理意識も低かったでしょうし(笑)

Edit | Reply |