京都汽車ポッポの旅

「京都汽車ポッポの旅」というHMをつけた写真が2種類出てきました。
ところが、一枚は向日町付近を走るC575+C57??。
もう一枚は、D51499+C5741(?)を福知山駅と思しき駅での撮影です。
どちらも雑客を引いていて、「京都汽車ポッポの旅」という同じHMが付けられています。

色々調べてみると、2003年頃に品川530さんがとあるHPに記憶の一部を書き込まれておられましたので、それを参考にさせていただきました。それによると、71年6月20日に京都-姫路で運行された可能性が高いのですが、微妙にマッチングしない部分があり確証はありません(^^ゞ
HMには、JNRとJTBの文字が入っており、両社の共同企画で運行されたみたいです。
930kisha_01

同じHMを使った列車ですが、この列車にはついては、触れられていないので良くわかりません。
この当時は「鉄道友の会」のつながりで、イベント列車の添乗員として同行するという機会があり、そのうちの一つかと思います。恐らくこのあとD51を外してC57単独で福知山線を経由して京都に戻ったのではないかと思います。
因みに、次位はC5739のようです。
930kisha_02

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COMMENT 9

佐倉  2011, 09. 30 [Fri] 13:52

重連

 昔のイヴェント列車は、やはり今とは趣が違いますね。
 沢山居る蒸気機関車の中から、何が牽くのかが楽しみだし、客車も長いですね。(今は何時も同じ罐)
 普通に働いているC11とのツーショットも良いですね。

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tamura  2011, 09. 30 [Fri] 14:56

洗濯したばかりの普段着

折角イベント列車を牽くのだからといつもより丁寧に拭いたり磨いたりして、
いってらっしゃ~い、、、という感じでしょうか。
通りかかった駅ではいつも通りに仕事に励む機関車も、、、

いまでも復活したSLが走っているのは凄いことだと思うのですが、
やはり普通に走っていた頃とは印象が全く違いますね。

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枯れ鉄  2011, 09. 30 [Fri] 23:23

佐倉様

>  昔のイヴェント列車は、やはり今とは趣が違いますね。
>  沢山居る蒸気機関車の中から、何が牽くのかが楽しみだし、客車も長いですね。(今は何時も同じ罐)
この列車は、JTBの香りがプンプンしていて、ちょっと白け気味だったようでしたが、振り返ってみると、今物とは違いますね(^^)

>  普通に働いているC11とのツーショットも良いですね。
福知山の入換え用ですね(^^)

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枯れ鉄  2011, 09. 30 [Fri] 23:27

tamura様

> 折角イベント列車を牽くのだからといつもより丁寧に拭いたり磨いたりして、
> いってらっしゃ~い、、、という感じでしょうか。
上のC575+39は磨かれてますが、D51499はそのままですね。
梅小路と福知山の違いでしょうか(^^;

> 通りかかった駅ではいつも通りに仕事に励む機関車も、、、
>
> いまでも復活したSLが走っているのは凄いことだと思うのですが、
> やはり普通に走っていた頃とは印象が全く違いますね。
そうですね。架線の下とはいえ違いますね。

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郷愁紀行  2011, 10. 01 [Sat] 00:07

福知山線経由京都行き

品川530さんの過去ページに同じHMの写真がありました。
福知山を出てから数駅の所で撮られていたような?
私その写真の続きを撮っているようです。
その列車は昔の3等車を再現してオール赤帯でした。
枯れ鉄さんのお写真では帯があるかどうか?判りませんので。
それに日付が違っておりましたので単一HMで異列車でしょうか?
私が撮ったのは5月16日(日)と記録していました。


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枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 08:58

郷愁紀行様

> 品川530さんの過去ページに同じHMの写真がありました。
> 福知山を出てから数駅の所で撮られていたような?
以前に話題になっていたようで(^^ゞ

> 私その写真の続きを撮っているようです。
> その列車は昔の3等車を再現してオール赤帯でした。
> 枯れ鉄さんのお写真では帯があるかどうか?判りませんので。
元版を拡大してみると、福知山の写真は帯が入っていますね。

> それに日付が違っておりましたので単一HMで異列車でしょうか?
> 私が撮ったのは5月16日(日)と記録していました。
6月の可能性が高いのは、C575のほうで、D51499の日付は不明です。

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青列車  2011, 10. 01 [Sat] 13:52

今思えば良き時代ではありましたね。次代を担う最新鋭の車輛達が登場する一方で旧世代車輛達が老骨に鞭打って最後のご奉公をしていて新旧いっぺんに体験できました。
後数年していれば12系か或いは近代化改造・体質改善のスハ43クラス主体だったかも知れませんがまだいずれも余裕が無かったのか?見る限りでは茶塗り車主体の様ですね。ローカル用の予備車をかき集めて組成したのでしょうか?オハ35ならともかく、オハ61だと流石に当時でも評判は悪かったのでは?

もっとも、その方が蒸機に良く似合うのは事実ですが…(^^);

今から見ればとんでもない話ですがしかし当時は地方線区に行けばオハ61などゴロゴロいましたしデッキのドアだって開けっ放しが珍しくないどころかありふれた光景でしたから、然程問題視されなかったのかも知れませんね。

赤帯…しかしこれ1940(昭和15/皇紀2600)年には廃止され順次消されています。スハ32やオハ35の初期ロットならともかく、台車と台枠こそ大正生まれでも車体は戦後生まれのオハ61や、オハ35でも戦後生まれの折妻車に赤帯が入ると違和感を拭えません(元より、赤帯現役時代は存じません)(^^);

とはいえ、あの時代なればこそ出来たイベントですね。今ではまず無理でしょう。

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枯れ鉄  2011, 10. 01 [Sat] 22:37

青列車様

> 今思えば良き時代ではありましたね。次代を担う最新鋭の車輛達が登場する一方で旧世代車輛達が老骨に鞭打って最後のご奉公をしていて新旧いっぺんに体験できました。
その最新鋭の車両が、今や風前の灯状態というのに時の流れを感じますね。

> 後数年していれば12系か或いは近代化改造・体質改善のスハ43クラス主体だったかも知れませんがまだいずれも余裕が無かったのか?見る限りでは茶塗り車主体の様ですね。ローカル用の予備車をかき集めて組成したのでしょうか?オハ35ならともかく、オハ61だと流石に当時でも評判は悪かったのでは?
さすがにオハ61はなかったように思いますが(笑)
>
> もっとも、その方が蒸機に良く似合うのは事実ですが…(^^);
蒸機列車に背もたれ板のオハ61が定番ですね(^^)

> 今から見ればとんでもない話ですがしかし当時は地方線区に行けばオハ61などゴロゴロいましたしデッキのドアだって開けっ放しが珍しくないどころかありふれた光景でしたから、然程問題視されなかったのかも知れませんね。
デッキから牽引機を撮ったりしてましたもんね(笑)

> 赤帯…しかしこれ1940(昭和15/皇紀2600)年には廃止され順次消されています。スハ32やオハ35の初期ロットならともかく、台車と台枠こそ大正生まれでも車体は戦後生まれのオハ61や、オハ35でも戦後生まれの折妻車に赤帯が入ると違和感を拭えません(元より、赤帯現役時代は存じません)(^^);
レトロ感を出すために装飾したみたいです。
>
> とはいえ、あの時代なればこそ出来たイベントですね。今ではまず無理でしょう。
今では、客車が揃いませんね(^^;

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-  2011, 10. 07 [Fri] 22:13

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