田野~1~

日豊本線田野は、鈍らな枯れ鉄でも、頑張って歩ける撮影地(笑)
そこを駆け抜ける、美しきC57は、興奮を誘い、えてして、チョンボを招く(笑)
中学生の頭の中には、構図とか設定とかそんなことよりも、ファインダーをのぞいて、ひたすらシャッターを押すことしか考えられなかった。
田野の駅を発車するドラフトの音を聞くと、興奮が高まり、最初に決めていた構図に入ってきたとき、更に興奮が高まり、待ちきれずにシャッターを押してしまった写真が、山のように確認されています。
スキャンして、トリミングしてそこそこ、見られる写真にはしますが、手の施しようのない写真も。
そこをあえて(笑)
田野の鉄橋を渡るC57重連おまけに、門デフのダブルです。こんなですから、並みの興奮では収まらない。ベストの構図では、ピントが合っていないので、後追いです。
川原に何人かある人影は、鉄ではなく、地元の子供の川遊びですね(笑)

tano_53101

もう一枚、DF50牽引の特急「富士」です。
tano_53102


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COMMENT 10

高崎 吾郎  2011, 05. 31 [Tue] 15:27

す、す、すっご~い。
門デフダブルじゃないですか。おまけに前後で形が違う。
いいもの撮ってますねぇ、いいです。
DF50の富士、私田野~青井岳で見た記憶があります。
当時DF50が好きだった私はよだれものでした。

ポチ☆

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佐倉  2011, 05. 31 [Tue] 15:38

C57重連

 前はデフの形やテンダーが船底の様に見えるので196号機、後ろはやはりデフの形から155号機の様に見えますが、果たして如何に。(笑)

 田野辺りは本当に長閑で良いところでしたね。
 自分は残念ながら南宮崎以南ではC57重連は撮れませんでした。
 また、今から思えばDF50でも富士はちゃんと撮っておけば良かった...

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枯れ鉄  2011, 05. 31 [Tue] 19:24

高崎 吾郎様

> す、す、すっご~い。
> 門デフダブルじゃないですか。おまけに前後で形が違う。
凄いでしょう(笑)
門デフC57のダブルですよ。
佐倉さんも興味をお持ちのようなので、解像度上げて再スキャンして次位のカマ番突き止めました。
後ろは175号機でK-7たいぷ、前はK-9タイプです。
> いいもの撮ってますねぇ、いいです。
腕がついていかない(汗)

> DF50の富士、私田野~青井岳で見た記憶があります。
> 当時DF50が好きだった私はよだれものでした。
DF50は枯れ鉄も好きでした。なんせ、正面貫通(爆)


> ポチ☆

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枯れ鉄  2011, 05. 31 [Tue] 19:29

佐倉様

>  前はデフの形やテンダーが船底の様に見えるので196号機、後ろはやはりデフの形から155号機の様に見えますが、果たして如何に。(笑)
枯れ鉄は、デフがやや斜めに見えるので、65号機かと思っていました。
気になるので、解像度4000dpiに上げて、再スキャンして確認したところ、175号機と判明。
勝負は引き分けでした。

>  田野辺りは本当に長閑で良いところでしたね。
そうですね、この鉄橋はとくに長閑。
>  自分は残念ながら南宮崎以南ではC57重連は撮れませんでした。
青井岳でも撮ってますが、どちらも腕が伴ってないのが悔しいヘボ写真ですわ(汗)

>  また、今から思えばDF50でも富士はちゃんと撮っておけば良かった...
正面貫通でも、きりりとした感じではないですが、やはり格好いい(笑)

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青列車  2011, 06. 01 [Wed] 00:56

総勢201両(と言っても201号機登場前に命を落としたカマも複数あるので最大在籍数は200を僅かに切る由)中12両の少数派4次形とは貴重なお写真ですね。ドイツヴィッテ式に範を採る、小倉工場タイプを始めとする切り欠きデフはカマによっては似合わないものもある中、ライトパシフィックC55、C57にはオリジナルのデフよりしっくりきますね。殊にK-7、K-9タイプはベストマッチングです。

重連次位機に従うのは戦後生まれのオハフ33でしょうか?ちゃんと車掌室側が編成端に来てますね。その次のデッキのみ写ってる客車もおそらく戦後製(切妻車のようですね)。開けっ放しのデッキも懐かしいですね。夏場など手摺をしっかり握って風にあたったものです(ドピーカンの快晴なのに何故か一瞬水滴を感じたあれはもしや???)(爆)。

DF50の20系特急もいい味出てますね。このころはまだヘッドマークも健在でしたでしょうか?そういえば、富士と彗星の列車交換があったのもこの界隈でしょうか?この辺りでは「富士」は完全に昼行特急でしたね。食堂車は営業していたのでしょうか(まさか終点まで朝定食ってことはないですよね)?

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枯れ鉄  2011, 06. 01 [Wed] 10:17

青列車様

> 総勢201両(と言っても201号機登場前に命を落としたカマも複数あるので最大在籍数は200を僅かに切る由)中12両の少数派4次形とは貴重なお写真ですね。
さすが、歴史は詳しい。

ドイツヴィッテ式に範を採る、小倉工場タイプを始めとする切り欠きデフはカマによっては似合わないものもある中、ライトパシフィックC55、C57にはオリジナルのデフよりしっくりきますね。殊にK-7、K-9タイプはベストマッチングです。
当時の枯れ鉄は、門デフの魅力にはまってましたわ(笑)

>
> 重連次位機に従うのは戦後生まれのオハフ33でしょうか?ちゃんと車掌室側が編成端に来てますね。その次のデッキのみ写ってる客車もおそらく戦後製(切妻車のようですね)。
シルエットだけで、よくぞそこまで。

開けっ放しのデッキも懐かしいですね。夏場など手摺をしっかり握って風にあたったものです(ドピーカンの快晴なのに何故か一瞬水滴を感じたあれはもしや???)(爆)。
それは、洗面の水でしょう?(爆)

>
> DF50の20系特急もいい味出てますね。このころはまだヘッドマークも健在でしたでしょうか?そういえば、富士と彗星の列車交換があったのもこの界隈でしょうか?この辺りでは「富士」は完全に昼行特急でしたね。食堂車は営業していたのでしょうか(まさか終点まで朝定食ってことはないですよね)?
この頃、特急富士はあこがれはあるものの、無縁の存在でした。
でもDF50に引かれる、「富士」「あかつき」は好きだったなぁ。
ちなみに、高校の修学旅行では、「あかつき」に乗りましたが、その時は、他のことで頭が一杯でした(笑)


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郷愁紀行  2011, 06. 01 [Wed] 19:13

富士=DF50=嫌い(笑)

よう考えたら私こちら側から撮った写真一枚もないのに気づきました。
あ、そうか逆光になるからか?

いやそれとも駅に戻るのに遠くなるからか?駅についたらいつも暗闇でしたね^^
と、考えた今の私、おっさになったなぁ(笑)

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アンギュロン  2011, 06. 01 [Wed] 22:33

ほのぼのとした
いい情景を切り取っていらっしゃいますねー。
「後追い」で正解だったのではないでしょうか。

河原の石の上に立つ女の子。
たぶんオカッパ頭で・・・
制服着ているところみると学校帰りかな(笑)。

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枯れ鉄  2011, 06. 02 [Thu] 10:06

郷愁紀行様

> よう考えたら私こちら側から撮った写真一枚もないのに気づきました。
> あ、そうか逆光になるからか?
>
> いやそれとも駅に戻るのに遠くなるからか?駅についたらいつも暗闇でしたね^^
> と、考えた今の私、おっさになったなぁ(笑)

枯れ鉄は疲れ切ってましたから、田野駅からこの地点にたどり着いたら、なぁ~んも考えずに、三脚立てて、このざまです。

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枯れ鉄  2011, 06. 02 [Thu] 10:44

アンギュロン様

> ほのぼのとした
> いい情景を切り取っていらっしゃいますねー。
> 「後追い」で正解だったのではないでしょうか。
そういっていただけると、テレてしまいます(笑)
当時は、邪魔な子供たちと思っていたかも。

>
> 河原の石の上に立つ女の子。
> たぶんオカッパ頭で・・・
> 制服着ているところみると学校帰りかな(笑)。
どうでしょう。夏休みの登校日の帰り?

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