筑豊今昔

今回の九州遠征の写真は、まだraw焼きができませんので、過去と対比してみます。
冷水峠
山の形から、この位置だと思います。冷水道路ができた際にでも整備されたのでしょうか、築堤したの様子が変わっています。
谷が埋められているような感じです。
この近くで水筒に入れていただいた、お茶の美味しさは、いまでも記憶に残ってます。
0608chikuho_01
線路向こうの集落へ鉄道をまたぐ道ができていて、その上から撮っていますので、目線が高くなっています。
上の写真は、もう少し線路寄りでやや低い位置から撮ったものだと思います。
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撮った位置は異なりますが、飯塚駅の後方に見えるボタ山です。
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やや傾斜がなだらかになったような感じです。
43年の月日というのは強烈です。

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COMMENT 6

佐倉  2015, 06. 09 [Tue] 09:07

 冷水峠の43年前の写真は、今回撮影された写真の中程に写っている道路から撮影されたような感じがしますね。
 ぼた山は今は全く普通の山と変わりない姿で、知らない人はぼた山とは思わないでしょう。
 こうして過去に撮影した場所を訪ねる旅、3月に長万部で行ってきましたが、懐かしくてちょっと感傷的になります。

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tamura  2015, 06. 09 [Tue] 18:38

本務機C55、後補機は逆向きのD60でしょうか、冷水峠を代表する眺めですね。
このあたりはあまり変化していないのではと思っていましたが、道路ができたりすると変わりますね。

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枯れ鉄  2015, 06. 09 [Tue] 21:28

佐倉様

確かに、写真に写っている道路が撮影ポイントのような気がします。
この写真を撮ったのは、枯れ鉄が中学3年生。初めての遠出も終盤になり、疲労困憊して里心がついてました。
そんな、ことが昨日のように思い浮かべられました。
ボタ山は地図上では名前もつけられていませ。あと何年かすればボタ山だったことを知る人がいなくなった時、どういう存在になるのでしょうね。

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枯れ鉄  2015, 06. 09 [Tue] 21:31

tamura様

この時すでにD50は引退していましたから、D60でしょう。
冷水道路ができて、様子は変わっていますが、結びつく範囲で良かったです。

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青列車  2015, 06. 10 [Wed] 18:43

かつてはSL天国、後に気動車王国、この地限定のキハ66・キハ67が走っていたこのあたりも、今や817系が走ってるなんて当時誰が想像できたでしょう?(^^;)
独特のデフのおかげでこの遠距離からでもしっかりC5552だとわかりますね。従う客車はどうやら…C5552の次位からオハフ33+オハ61+オハフ33+スハ42+オハフ33+オハフ33+逆D60でしょうか(2両目は窓の数とサボの位置からオハ61、また4両目は折妻車体と微かに見える台車の形状がTR-40系でしたのでスハ42と推測します)?随分とまた編成内に緩急車が多く混ざったものですが各支線向けに編成の解結し易くしてあるのでしょうね。
あれは確か飯塚だったか、機関区化車輛基地かで時報代わりに鳴らされていたのが一般的なサイレンではなく配車発生品と思しき蒸機の5音階汽笛だったのには度肝を抜かれました。九州の無名大学に通う若造時代、もう30年以上前の話です。当時は新進気鋭だったキハ66・67も今はこの地にいなくなりました。

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枯れ鉄  2015, 06. 10 [Wed] 23:40

青列車様

蒸機天国だった頃からの訪問で、途中を知りません。
狙い目はスハ42ですね(笑)
この後冷水トンネルに入りますから、窓を閉めないといけません。
思い出深いですね。

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